●幸福とは何か<7>
平成二十四年四月
 ここでこの幸福を目指しているのはわたし達人類の一人一人であるが、その奥には神仏の意志がある。宇宙意識は、私たちの、目耳鼻舌身を通じ世界を認識し、私たちの精神(意)の変化を味わっている。従って宇宙本仏は私たち一人一人の、魂の経験、感動、愛、苦しみ、喜びを自分の意識のように感じている。私たちの心に幸福と喜びがあれば、宇宙意識に喜びが生まれるのである。それは宇宙意識の至上の喜びであり宝である。神仏は、私たちの幸福を願い祈っておられる。つまり人類総てが幸福であることが神仏の目的であり祈りでもある。それ故私たちが人類同胞の幸福を祈って行動するとき神仏の慈愛と力は私たちに注がれる。
 私たちの人生の理想を本仏の願いと重ねあわせてみよう。私たちの思いと行いを神仏の意志にあわせてみよう。そこに本仏の生命の奔流が流れくる至上の喜びが訪れるであろう。
 さあ私たちの想いと行いを宇宙意識エネルギー意識(九識)に同調させよう。パスワードは南無妙法蓮華経。妙法蓮華経(九識本仏意識)には仏の修行、カルマと仏の人格、徳が備わっている。南無妙法蓮華経と唱え心に釈尊を入れ、その己心の釈尊に問いかけながら正しく祈り、悟り、行おう(妙法五字の受持)。そうすれば、仏の修行、カルマと功徳はあなたのものとなる。
 それは自分のハイアーセルフともいえる主であり、師であり親である己心の釈尊に仕える道である。この道は我が心の釈尊を信じ、釈尊のように生きる信仰によって解脱する、成仏する道である(信解脱)。南無妙法蓮華経と唱え心に釈尊を迎えよう。(所化以て同体)
 南無妙法蓮華経と唱えこの地上界を永遠の楽土としよう。それが日蓮大聖人のお教えくださった立正安国の理想である。
 人間の幸福は神仏の心を心として人類同胞を救ってゆく、人類同胞を愛してゆく道のただ中にある。
 ここで以前からの考察を振り返り気がつくのは、幸福の定義は「満足すること」であったが、満足にも物質的満足や、肉体的満足から精神的満足があるから、幸福にも発展段階があると云う事である。
 即、人生の伴侶、家族、権力、金、酒、ごちそう、賞賛、尊敬、羨望、愛される事、よい家、地位、 名誉、友人を獲得しそれに満足することから、人に感謝し親切にする喜び、自分の使命を果たし精神的成長をする満足へと発展してゆく。
 この幸福の発展は個から総、物質から精神という方向へ発展してゆく。つまり肉体的個人的な喜び幸福から精神的宇宙的幸福への発展ともいえよう。
 であるから、幸福は、宇宙の構造、本質を理解して考えると色々な次元のものがある事がよく分かる。

一、宇宙は一つ、総ては本仏意識の現れ。総ての人類の心に宇宙の総てが備わっている。(本仏の幸福を自分の幸福とする)
  一念三千、一即一切
一、宇宙意識本仏は、個と総の意識の調和と進歩を目ざす慈愛の心である。(自他の進歩と調和に寄与する事を自分幸福
   とする)
一、総ての意識はつながりあっている(他の人の成長幸福は自分の幸福である)十界互具
一、宇宙の全存在は因果、縁起の法則に従う(宇宙の全存在は協力して幸福の達成に努力する)
一、想いが創造の原因(まず幸福への祈りが大切)
  一念三千

 ここで幸福は宇宙意識、他者の幸福と密接に関係することが分かる。幸福は宇宙の全存在への感謝と報恩の行為の因果、縁起の法則に則る大循環により達成される。
 こうなってくると幸福は、個人的満足より、宇宙意識の満足が本質ということになる。人は次第に成長すると一生懸命追求してきた個人的肉体的満足より本仏、大我の幸福が大切となり、自分の幸不幸に左右されない精神となる。

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